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「あなたが感じるねぶた祭の魅力」を、是非メールにてお知らせ下さい。

E-Mail info@nebuta.jp


 これまでに寄せられた声

今年で二年目の「ねぶた祭り」見学です。
まだまだ素人同然ですが、自分のふる里の祭りとつい比べて感心する事がこの祭りには多いです。(((uдu*)ゥンゥン

まず、ハネト達のマナーの良さです。ヽ(´▽`)/
疑問に思うのは「祭り」=「アルコール飲酒」に思うのですが、酔っ払い!?かと思う人は見かけません。確かに跳ね回るのだから、酔っていてはまともに飛べないだろうし、何日も参加することは困難になるでしょう・・・。
(よほど、飲酒に関する厳しい決まりがあるのでしょうか?)
( ̄-  ̄ ) ンー。。。
もちろん、一升瓶を持って振舞うなど、我がふる里で見かけるであろう大胆な光景は最初から最後まで目にすることは無かったです。
次に、ハネトの人が踊りながらも「ゴミ収集」をしている姿に「故郷の祭りを綺麗に終わらせる!?感」が感じられた事です。
今回の宿泊先が、祭りコース近くだったため早朝から街の中を見ることが出来きました。
前日の祭りコースには、全くと言っていいほどゴミは無い。
( *゜ω゜)ホゥ・・
(だんだん、自分のふる里の夏祭りが恥ずかしく感じられてきた、、、。)(T ^ T)

青森の人々は「ねぶた祭り」の為に一年間一生懸命働き、その全てを祭りに捧げる・・・という事を習ったことを思い出しました。
伝統行事を、楽しく美しく伝承するためにはこれらは欠かせないことだと思います。
こんな事からも、この祭りは本当に綺麗で見ていて飽きません。
「青森県民」の祭りへの意欲や意気込みが、強くもあり優しくも体全体に伝わり、見ていても鳥肌が立ちそうなほど感動しました。
(はるばる、不眠で石川県から12時間かけて来た甲斐がある。“((o(・Д・o*)コクリ
物好きなのだろうか???(/||| ̄▽)/ゲッ!!

それに、市長自らハネトとなり夜の街をピョンピョン跳ね回っている姿も頼もしかったです。
((*≧m≦)ププッ素敵!!
(毎日、何か?トレーニングしているのだろうか?)

昨年は県知事も昼の部で跳ねているのを見させてもらいました。
いずれも楽しそうで、トップが楽しそうに跳ねていれば県民・市民も安心して跳ねれるのでは?
(政治内容は分かりませんが・・・)
来年のことは判りませんが、是非!!見に行きたいと思います。o(^▽^)o

私は生粋の青森市民です 1歳からねぶたで跳ねています 父親の肩に乗って参加し たり、父と手を繋いでねぶたに参加したり楽しい思い出です 皆勤章で今も毎年23年跳ね続けています。跳人ライダーさんの友達も沢山出来ました ワラッセの建築現場も勿論見学にいきました!ねぶた小屋を建て始める頃には毎日見にいっています。  
8月まで毎年待ちきれません!人との繋がりも沢山増えて温かくて、熱い祭りで す!

私は大阪出身で、それまでは天神祭やだんじり祭が一番やと思ってました。ねぶた祭は噂やTVではすごい祭であるのは聞いてましたが、今年初めて母と一緒に見に行きました!すごく感動しました。まず物語性があること、世界観があること、そしてリアルで躍動感と迫力がたっぷりで表情も作り手さんによって違っていて豊かなこと・・・・・・・・もう〜どれをとっても、百点満点でございます!(^O^)/ちなみに私が見に行ったのは最終日で一番見たかったねぶた(千葉作龍さんの地獄変)が見られなかったのがちょっと残念でしたけど、他のねぶたも、もちろん文句抜きでほんまにすごかったです!(特に柳谷優浩さんの天神菅原道具はほんまに圧巻でございました!気迫が尋常じゃないくらいにすごく出てました。天神さんにお参りに来るたびに思い出しそうになるくらいですわぁ!)夜の海上ねぶたももちろんばっちり見ましたでぇ〜!とっても綺麗で迫力がさらにあって涙が出そうな気持ちに・・・・もう、他の祭やディズニーランドやユニバーサルスタジオのキャラクターのパレードでは物足りなく感じそうですね!
また機会があればもう一度見たいです♪

「ねぶたの海上運行祭で熱い夏」
今年の夏は、ねぶた最終日の祭り「ねぶたの海上運行と花火の競演」というか、矯艶祭典を観ることができ、熱い夏を肌で感じてきました。
海上運行に参加できるねぶたは、その年の優秀作品7台のみで、ねぶたの参加チームはその7台を目指し「構想に演出に制作に、能力を結集させる」と、ねぶた制作小屋のお兄さんは熱弁していました。すばらしいことです。
午後7時、海からの花火を合図に、海上と夜空を彩る勇壮華麗な祭典が始まりました。隣で見物している中学生は「昨年は船上で囃子方として参加できたのに、今年は岸壁からの見物です」と、寂しげに話していたのが印象的でした。
電器メーカーのA社チームは、船上から「大賞を受賞しました、ありがとうございました」とボリュームをあげ熱狂連呼しているのに対し、同業のB社チームは、岸壁横にあるねぶた制作小屋の前で、車座になって反省慰労宴会をしていました、がその皆さんの明るい生き生きした顔が魅力的でした。
通りすがりの私にも「イッパイどうぞ」と振る舞ってくれ、ねぶたが、青森が、一層好きになった時間でした。
来年は、沖に停泊していた「客船からの見物」をと思っている昨今です。


関西在住です
祭りといえばやっぱりねぶた以考えられません
自由でエネルギッシュで日本一!
青森生まれ 青森育ち
縁あって関西へ嫁入りしました
小さい頃からねぶた小屋 お囃子がいつでも身近でした
家族や従兄と大人数で跳ねたこともありました
昼間のねぶたも跳ねるくらいのもつけでした
肉離れ経験もあり・・
横浜在住の兄は跳ね方が旨く 空中の滞空時間はすばらしいものでした
今はなかなかそんな感じの人は見かけませんが・・ 残念
ねぶた期間中は必ず帰省しています
ですからねぶたから離れたことはありません(笑)
子供もねぶたが大好きです
今年は笛を買ってきました
来年の夏までにはマスターしたいと母も狙っています
若い跳人が少なくなってるように思います
世間でも草食系が主流?
でも参加してこそのねぶた祭り
これからも出来る限り帰省して跳ねます
関西でもねぶたについて聞かれます
「日本一の祭りだ」と豪語してますよ
これからもねぶた実行委員会のみなさんねぶた発展のために頑張ってください
また来年 へば〜!

私は現在25歳です。
22年間(大学4年まで)、青森で生まれ育ちました。
青森ねぶたは、小さい頃から生活の一部でした。
6、7月になると、どこからともなくねぶた囃子の音色が聞こえ、新町や青森駅も祭りが近づくと模様替え。
本当に青森市全体が祭り一色になった事を覚えています。
現在は海外で生活しているのですが、インターネットを通じ【ねぶた祭りの】動画や、音色を聞いています。
最後の参加となった、大学4年の時、もう跳ねる事ないのかな・・と思った自分がいました。
それは、卒業と同時に、故郷を離れなければならなかったからです。
それ以来、一度も青森の地を踏むことなく、今日ここまできました。
でも、一番の思い出はやっぱり【ねぶた祭り】の思い出です。
幼少期、お父さんやお母さんに連れられて、場所を取って最前列で見たあの感動。
地域ねぶたで太鼓を叩いたあの興奮。
中学生で初めて跳ねた、大型ねぶた。
ずっとずっと耳に残る、あの音色。
本当に市民にとってなくてはならないお祭りでした。
今は、なかなか青森へ行くことができず、参加する事はできないけど、ちゃんとしまってある、衣装一式。
いつか、また跳ねれる事を楽しみにしています。
日本一の火祭り、世界一の火祭りとして、これからも多くの人に感動、興奮を届け続けてください。


まだ『ねぶた』を実際に見た経験は無い福岡市内に住む博多っこなのですが、青森という土地と、ねぶたの魅力に強く関心を持って久しい20代女性です。
夏になるとテレビや様々なメディアで『ねぶた祭り』の様子が報じられているのを見る度何故かわくわくどきどきと日本人が持つお祭魂が騒ぐものです。
特にこのねぶた祭りというのは心を惹きつけて止まない魅力にあふれています。
その練り動く勇壮で荘厳な姿はテレビで見ても大迫力のねぶた。
これは日本一のお祭りだ!と思います。
絶対に一度は実物を見てみたいですね!
こちらのホームページでねぶたの魅力を勉強して更に知識を深めていつか必ず訪れたいと思います。
これからも『ねぶた』という日本が誇る美しく素晴らしい文化の更なるご発展を心よりお祈り申し上げます。

ねぶた祭りは、2006年に始めて体験し、とてもエキサイティングかつ大胆な祭りでもあった。
札幌出身の私は、これまで何度も青森市を旅行しているが、ねぶた祭りのもつ魅力さそして大迫力に自分自身も感動した。
「これこそ本物。たいしたたまげた!」


子供の頃からすぐ近くにはねぶたが有った。
今の市民会館の所にねぶた小屋が有って小学校の時から大人ねぶたでは太鼓引きして鈴拾っておにぎりとジュース貰ってすごい嬉しかった。
地元子供ねぶたでは太鼓叩いて堂々と新町通りを運行できた。
高校卒業し京都に就職ねぶた時期は仕事柄盆休前はかなり忙しくなかなか帰省できなかった。
昭和の最後に今の奥さんと二人で帰省し青森の友達と参加数年ぶりなのにかなり弾けた。
中学校から大人ねぶたにはねととして参加してますが今の運行形式と違い電話局出発でホテル青森終点だった中学・高校は電話局から出発して松木屋すぎたら柳町通りや寺町横切って国道に行きねぶたに参加うまくいけば最終のねぶたまでに3回跳ねられた今では全然無理ですね。
毎年お盆に帰省しずーとねぶたに帰りたかったなーと思っていた。
いつか子供できたら家の隣から出陣する我が町の子供ねぶたに参加させたかった。
でも結婚しても子供8年できなかった。
その子供も9歳になりその下の子も生まれ4歳になった。
土日絡めて今年20年ぶりに参加します。
何が嬉しいって奥さんと子供と一緒に自分も子供の頃参加していた地元の子供ねぶたに参加できるって事かな。
家の隣からねぶた出陣ってホントあんまり無いし帰省まで一ヶ月でホント楽しみです。
でも何年も参加して無くても太鼓の音だけで何で鳥肌になるのかわかんない。

私は青森で23年間暮らし、この2年半前から東京で暮らしています。
今年もねぶたは見れませんでした。毎年この時期になると何故か、仕事がなかなか手に付かず、青森の事ばかり考えてしまいます。
物心付いた時から、ねぶたを見て、跳ねて、騒いで・・・・とそれが毎年のように当たり前だった、23年間。
いつも帰れず、ねぶたも久しく見ていないのですが、この八月になると頭の中にねぶた囃子が鳴り響いて仕方がありません。
東京に高校の同級生がいて、ねぶた期間中は必ず、飲み会で騒ぎまくってます。
やはり毎年、帰れないせいか携帯の着信音は必ずねぶた囃子になってしまいます。
勿論今年も・・・・東京に来てからは、毎年テレビのねぶた特集を必ず見てしまい、何故か大粒の涙がこぼれてしまいます。
自分でも驚いてしまうくらいで、それ位私自身の体に刻まれたねぶたの壮大さ、囃子の迫力にある音色・・・・
来年こそは必ずフルでねぶた鑑賞・跳ねまくってやる!!!!!
課長来年こそ青森さ帰らせてケロじゃよ〜
もうそろそろアダマおがしくなってまるじゃよ!頼むじゃ課長!!!!

俺は宮城生まれですがねぶた祭りが大好きです。
24年前高卒と同時に就職(特別国家公務員)ですが青森市内に配属され6年間滞在しましたが3年間はねぶた運行で後の3年間は製作をしてきました。
現在は地元に居ますがこの時期になると地元の夏祭りよりとても楽しみにしています。仕事の都合で(休みが取れない)なかなか行けないのですが是非もう一度跳ねてみたいですネ
その時期が来るまでインターネットでねぶた中継を見て我慢します。

私は青森で生まれ、青森で育ちました。18歳で神奈川に出てきてからも、ねぶたの時期になると胸が高鳴り、熱い気持ちになります。高校生のときは、毎日部活動が終わってから着替え、母に写真を撮られてから見送られ、仲間と跳ねまくり、叫びまくり、初日から最終日まで満喫したものです。あの最終日の寂しさ、また冬がくるんだなー。という哀愁感は未だに心に響いています。雪の生活を耐え忍び、やっと訪れる短い夏。本当に楽しかった。裏舞台でそれを支え、運行していく人たちには本当に頭が下がります。今は子供も小さく跳ねることはできませんが、また家族で跳ねたいです。子供たちに青森の素晴らしさを伝えて生きたい。また、青森に教わったこを子供に伝えていきたいです。自分の津軽魂(じょっぱり)は見事に子供たちに受け継がれているみたい。。。青森とねぶた、応援しています。あー帰りたくなってきた。へば。

私は、青森育ちではありません。
でも なぜか ねぶた囃子が、大好きです。
知人の紹介で、4年前からある処で囃子方をさせていただいてます。
4人家族みんなで参加しています。BGMは、もちろん、ねぶた囃子です。
いろんな処の囃子を聴いてます。さまざまあるんですね。
親子代々 囃子職人だと実感しています。
孫・曾孫・玄孫の代まで囃子職人でいたいと思うこのごろです。

私は、青森生まれの青森育ち。ものごころついた時から、ねぶたがありました。
花笠の華やかさや、お囃子の素朴な音色、夜空に映えるねぶたの迫力。短い夏の夜の熱狂。
そして、ねぶたが通り過ぎたあとに、吹きぬけた風に、おとずれる秋の気配を感じたときの寂しさ。
これが、たまらない哀愁なんです。
私は、とにかく、ねぶたが大好きです。
現在、引っ越して住まいは神奈川県ですが、ねぶたの季節が近づくと、そわそわと落ち着かない気分になり、鈴を付けた衣装で、思い切り、跳ねたいと思います。
ああ、自分は根っからの津軽人だなあと思うと、それがまたうれしくなります。
夫が定年になった頃には、また青森に帰りたいと思っています。
そして、子供の頃のように、夕暮れ時に、風に乗って、遠くから、ねぶたのお囃子が流れてくるのが聞こえたら、それは私の一番好きな夏の風景です。


わたしにとってのねたの魅力は、素朴さと懐かしさ。
特に、お囃子が好きです。本当にいいお囃子です。
初めて見たとき、はじまりの号砲で、なぜか涙が出てきました。
感動でした。青森の人たちの、ねぶたへの温かい思いが伝わってきます。
小さい子供たちの懸命さや若い人たちの情熱が心に伝わります。
市長さんが提灯を掲げて嬉しそうに歩く姿も心に残ります。
企業の人々の熱心さも心に響きます。そこにいるすべての人が作る、
ねぶたって、そういうお祭りなんですね。
他ではすでに失われてしまった素朴さ、懐かしさ、だと思います。
観光化が懸念されるけれど、ずっとこのままを維持して欲しい、
青森の人たちの心を支えるためのお祭りであって欲しいです。
ねぶたに感じる素朴さと懐かしさも、無形の文化財だと思います。
初めてねぶたを見たのは三年前。東京駅のプレステージを見て、
見てみたいという思いに駆られ、東京からバスで東北道を一直線、
ねぶただけを見に行きました。間に合うかな?間に合うかな?
とバスの中は大変でしたが、そのために、知らない者同士の心が
ひとつになっていたような気がします。東北に近づくにつれて
はっきりと変わる山の景色や山の色、凛とした空気が好きです。
今年は連続三回目のねぶたです。青森は4回目。
最初の年は初日を見ました。
去年は、浅虫温泉に泊まって、四日目と五日目を見ました。
今年は、フィナーレの海上運行を見ます。東京育ちの私たちですが、
まるで故郷のお祭りに行くみたい。夏が近づくと思い出すのは、ねぶた。
行かずにはいられないような気になります。主人ともども、
楽しみにしています。

囃子方を始めて20年。粋な半纏にきりりと締め上げた鉢巻。
山車(ねぶた)、踊り手(ハネト)、お囃子(はやし方)、水引、引き手、電線上げ扇子持ち、それぞれの役割があり、それぞれが主役。それでも俺は囃子方。
囃子の華はなんと言っても太鼓!
誰よりも力強く!誰よりも粋に!
そして、ハネトを囃し立てる。それが俺の太鼓!
今年も打ちます一番太鼓。


私が、「ねぶた」と出会ったのは、一昨年(2002年)の8月でした。
その当時、高校受験の勉強で、朝早く起きて勉強していました。
そのとき、朝のニュース番組の企画で、「ねぶたライダー」の人たちを特集していました。
それで、少し気になったので少し手を休めて、見始めました。
最初にねぶた跳人の衣装を着たアナウンサーが、ラッセランド(ねぶた小屋)の前で、「衣装を着るか借りるかすれば、だれでもハネトとして参加できます」と言ったのを聞いて勉強をやめ、TVの特集に釘付けになりました。
それで、見ているうちにすごく、テレビに出ていたねぶたライダーの人たちがすごく輝いて、かっこよく見えたのです、理由はわかりません、説明もできません。ですが自分の心に何かを語りかけたような気がしました。
最後の方は感動しながら見てました。
放送が終了した後「きっと、青森に行って、ねぶた跳人、参加する......」と思い始めたのでした。
それ以来、「ねぶた」にすごく心酔するようになりました。
携帯電話の待ち受け画面や着信音もねぶた関係です。
同じ、ねぶた好きの知り合いも出来ました。
私は、青森県民ではなく茨城県民です。
なのに、心酔したのは何か惹かれるものがあったのかもしれません。
今年(2003年)は行けませんでしたが、茨城県つくば市で行われている「まつりつくば」でねぶたがあることを知り、参加して、夢だったねぶた跳人参加が叶いました。
でも、まだ叶ったうちにはなりません、青森に行けてないからです。
来年は、きっと、いや必ず、行こうと思います。
私にとって「ねぶた」とは「生き甲斐です」

ねぶた祭りの魅力は、何と言ってもあの場にいる全員が主役になれることではないでしょうか。
観客・ハネト・囃子・運行サポーター、全員の気持ちが高ぶった時、ねぶたの盛り上がりが最高潮に達する・・・。
私は小学生の頃から囃子として祭りに参加しています。
「らっせーらー」の掛け声で跳ねながら鉦をたたき、観客・跳ね人と一体になった瞬間は「青森に生まれ育ってよかった!」と心から思います。
青森の短い夏に爆発する、あの大きな大きなエネルギーは、絶対にねぶた以外で体験することはできず、社会人になった今も忘れることがありません。
現在は転勤で山口にいますが、今年は数年ぶりにねぶた時期の連休が取れたので、跳ね人として参加する予定です。
皆さんの書き込みを拝見し、8月を今か今かと待ち望み鳴り響く太鼓と笛の音色がここまで聞こえてくるようで、今から血が騒ぎます!


10才の頃こども会で作った“子供ねぶた”で太鼓を叩き、夏休み町内をねり歩き、自分の家の近くに来ると家族が外に出てきて、手を振りちょっと照れくさく、でもうれしくて「ラッセラー!ラッセラー!」と大きな声で…。
「今年は選ばれたから、2日と3日にねぶた祭りに出るぞ!」と町会長に言われ、子どもながらに「大舞台だ!」と思ったのを今でも憶えています。大型ねぶたと同じコースを多くの観光客の前で、子供でもドキドキでした。2つの太鼓に4、5人で交代しながら、コースを一周して終わり、友達同士で「手いでぇ?」とか「もう声ガラガラだじゃ」と言ってると町会長の人が「おめだぢ、いがったなぁ 大したじょんずだったよ!」と声を掛けてもらい。ジュースやお菓子がいっぱいの袋をもらい、家に帰っても興奮して、両親や兄弟に誇らしげに話していました。
中学になり子ども会じゃなくなったので、同級生といっしょにねぶた祭に出る時、母にいっぱいの鈴を付けてもらい、お昼頃には「友達の家に行ってから、みんなで跳ねるがらもう着てもいいべ!」「まだ早い」と言われても「今、外でシャンシャンって聞こえた!早く着せて」とせがみ、外にでると近所の人に「早いなぁ もうねぶたさ行くのか?」と、心の中で「さすがに早かったかな」と思い照れくさく、毎日浴衣に鈴を付けるのが面倒臭いと母が多めに付けた鈴。シャンシャンという音が響いてた。
十代の頃は毎年、ねぶた祭に出ていたが、もう20年も前になる。東京に出てきてからは祭の期間中はなかなか帰れず、それでも結婚する時、東京出身の妻にねぶた祭を見せてあげたくて、いっしょに跳ねた。「すごい!楽しい!ねぶた最高!毎年行きたい」と言って喜んでいました。
何年かして子どもも授かり「この子がもう少し大きくなったら、ねぶた祭の時に帰ろう!今度は親子三人で跳ねようね」と心待ちにしていた妻が、その願いも叶わず昨年、ガンで他界。仏壇の横には初めてねぶたの衣装を着て、笑っている妻の写真。今年4才になる娘と9年ぶりに青森ねぶた祭へ。

吹雪で連絡船の汽笛が腹まで聞こえ・・・小屋を覗き、ロウの匂いと裸電球に目がくらみ、色が付いた頃には、提灯が下がり、囃子がかすかに聞こえ、はくつる(当時の電車)が満席になり、ねぶた音頭が流れ、鈴の音が聞こえれば、さあ!来たぞ「ねぶた」だ!
声をからし、捻挫して、花笠を深くかぶって、「ラッセラー!」    
Tシャツ、サンダルの外国人に「COME ON!」我流国際交流の一歩!
部活終えての帰り道、ねぶたの紙貼り。やった甲斐があった!
駐車している観光バスのナンバープレートで、鹿児島からのバスを見つけ、花笠をあげると大喜び。鈴を付けようものなら・・・・人気者!
当たり前に育った五感と四季の街、青森を離れて、もう20年…。
関東、中部、関西と遠く離れて思う祭り「ねぶた」。
やっぱり祭りは、俺は「ねぶた」だ!


私がねぶたを知ってもう20年になります。
生まれた頃からねぶた囃子を聞き育ってきました。
ねぶたの魅力はなんていっても大きく華麗に舞いそしてなにより体中の血が騒ぎ心から楽しめるとゆうことです。とはいっても私は「ハネト」として参加したことはあまりありません。小さい頃はハネトの前に立ちマイクをもって「ラッセラーラッセラー」と掛け声をかけていました。
小学五年生で大型ねぶたをひきはじめ今年で二十歳になりますが最近は扇子持ちの勉強をしています。あの大きなねぶたをどうすれば魂の入った「人」して大勢の人に見せれるかどうすれば心に残る強烈な印象をあたえ感動をあたえられるか勉強中です。
私が物心つくまではねぶたははっきりいって恐いものでした。真っ暗な夜の闇に大きく、そして光を放ちながら大きく動き自分に迫ってくる・・・これほど恐いものはありませんでした。でも今はそれでよかったと・・・いい思い出です。なぜならそのときの私にとっては本当の「生きてる人」のように見えていたからです。
今でもねぶたを引いているとたまに小さい子供がお母さんに抱っこされながらすごい顔で泣いているのをたまに見ます。でも泣きながらでもねぶたから目をそらそうとしないんです。そのとき思うのはねぶたとゆうものの「生きた人」みせれてるなぁと思い逆にこっちが感激します。
今年もあと数ヶ月でねぶたの時期です。ラッセランドにねぶた小屋が建ちあちこちで囃子の練習をはじめている音を聞くともう血が騒ぎすぎて何事にも手につきません。
それほど夢中になれるものです。よく「ねぶたバカ」というひとがいます。でも囃子を聞いて血が騒いだひとはもうすでにねぶたバカです。一年に一回くらいバカと呼ばれてもいいと思います。私はまわりから「ねぶたバカ」といわれるとハッキリいってうれしいです。もう少し暖かくなるとねぶた小屋が建ちます。そうすると小屋からロウのにおいが風にのりねぶたの香が青森を囲んでいきます。今年もまた血が騒ぐ時期がきました。ねぶたは誰でも参加できる祭りです。皆さんも是非「ねぶた」に参加しねぶたバカになってみては?・・・

私が、ねぶたの山車の作成を始めたのは、今から10数年前でした。我が町のイベントに山車を製作することになった時、父は、小さな山車を作ったそうです。その父は遥か昔亡くなりました。それから、偶々山車の運行を見て、自分の故郷でもねぶた山車を作成していると聞き、早速作成に参加しました。それ以来形がある行灯が魂を呼び込み生きていることを実感できた10数年でした。自分の故郷のイベントを離れ、本場の青森へ一生に一度本物のねぶたを肉眼で見てみたいものです。

ねぶたの魅力を知るには体感するのが一番!ですが・・・
なんと言っても色々な県の人と多くの交流ができることです。
ただ町を歩いている時でも跳人の格好をしていると普通に観光客に人に話しかけてもらえるし、道を聞かれたりする。ねぶた以外の時では考えられないほどその回数は多いです。
さらに跳人として参加し、ロープの中でもわざと沿道近くを歩き観光客に声をかける。一緒に手を取って跳ねてくれる人もいるし手をたたいて応援してくれる人もいる。
型にはまった踊りでないからこそ他県の方、そしてねぶたに参加する側が一体となって進んでいく、それが青森ねぶたの魅力です。

私がねぶたに出会ってから、もう14年が経ちます。
その前の年の冬に、青森で友達ができ、「今度青森に来るときはねぶたの季節ががいいよ。」と薦められました。何かの縁でしょう。それから14年が経ちました。
一昨年、いつも常宿だった元気な女将さんが他界したことにより、残念ながらその旅館は廃業となってしまいました。その宿で、私は人生のパートナーと出会い、今では夫婦となりねぶたバカになってます。
毎年、この時期になると、仕事にも気が入らず、浮かれる毎日です。
私は青森県人ではなく、千葉県人です。でもなぜか青森の人の暖かさとお祭りの熱気に心まで跳ねてしまいます。
どういうわけでしょう。寝台列車にのって遠く青森まで行くところから私たちのお祭りは始まっています。そして朝日の射す青森駅で朝市鮨を食べ、レンタカーで十和田の温泉に行きます。あの八甲田の大自然もたまりません。
夕方には宿に戻り、早めの夕食。そして浴衣を着て、出陣です。ビールも入り気分は絶好調です。足がつりそうになるまで跳ね、声も濁声になり、身体がぼろぼろです。でも、楽しくて仕方ありません。そして、近くの居酒屋で一杯のみ宿に帰ると、帰りねぶたっていうのですか?ゆっくりとラッセランドまで帰っていく姿をみると、なんか切なさを感じます。そして最終日の朝、早起きすると青森の町は、ものすごく秋の気配を感じます。これって毎年思うことです。どうしてなんだろう。
きっとこの季節感が私をねぶたの虜にしているんだと思います。


小学生の頃は夏休みになると必ずねぶた小屋に行って夏休みの宿題としてねぶたを書いていました。何台もあるねぶたの中からこれが一番カッコイイと思った一台を必死に書き上げ、そのねぶたが今で言うねぶた大賞をとるすごくうれしくなったのを覚えています。

ねぶた祭りが近くなる頃、夕方にどこからともなく聴こえてくる笛の音、太鼓の音、そして手振り鉦、これらの音を聞くたびに鳥肌が立ち、血が沸きあがってくる感覚をおぼえ、いてもたってもいられなくなる。
この期間だけは全てを忘れ、ねぶた祭りを楽しむことで、青森の短い夏がまるで何ヶ月もあったかのような充実した日々を感じることができる。


21歳まで青森で暮らし、昨年20年ぶりにねぶた祭りに跳ね人として参加しました。若いときみたいに元気のいい動きはできませんが、ねぶた衣装を身にまとい掛け声をだしながら歩くだけでとても幸せでした。今年も4日から祭りに参加します。今から、とても楽しみです

夕方どこからともなく聞こえてくる、シャンシャンシャンというハネトの鈴の音がとてつもなくワクワクさせます。あー、私も跳ねてーじゃーって気持ちになります。

生まれも育ちも青森市。ねぶた期間に近づくと、わーの血がジャワメグ。

去年、初めて京都から跳ね人として参加しました。噂には聞いていたものの、あそこまで熱気を感じるとは思いませんでした。今年も絶対行きます!

なんといっても青森ねぶたは「はねる」ことが大きな魅力で結婚するまではねるのに出かけたものです。大きな声を出したり飛び跳ねることは祭りの原点だと思います。

いつまでも自由に参加できる祭りであってほしいと思います。

7月になると、太鼓や笛など、囃子の練習がどこからともなく聞こえて来て、夏の訪れを感じます。ねぶた祭りは青森の短い夏をぎゅっと凝縮させたようなものだと思います。

8月になればねぶたの囃子の音が聞こえて血が騒ぎます。

ねぶた期間中、二十数台の大型ねぶたが勇壮に運行され、しかもそれぞれのねぶたにはねぶた師やその団体の個性が感じられる世界で一番芸術的な祭りです。

囃子・太鼓の音の大きさが心に体に響きます。

ねぶた期間中、青森市内全体がねぶた一色に染まり、祭りを通してたくさんの人と出会うことができます。

小さな頃からねぶたを通していろんな学習(歴史、工作など)をすることができます。

ねぶたは自由参加で衣装さえ着ていれば万人が参加できる。知らない人同士でも一緒に跳ねていると簡単に溶け込めるし、いつの間にか仲間意識が生まれる、そんな祭です。

ねぶた祭の魅力はとにかく元気になれること。とにかく気分転換したい人、ヤル気出したい人、はじけたい人、是非一度いらして下さい。


青森市民のみなさんの熱気というかパワーというか、歴史とか、そういったものが一気に吹き出してくる感じがすばらしい。

囃子の音についつい踊ってしまいます。


ねぶたが道路でグルグル回るし、すごい近くまですごいスピードで寄ってくる超迫力のある祭りです。

みちのくのサマーを彩る青森ねぶたは、ダイナミックかつエキサイティングでサイケデリックな祭りです。

ねぶたは見るだけじゃもの足りない!やっぱり跳ねなくちゃ。

一度は行って見たいと思うねぶた祭。絶対跳ねたい。一人でも参加したい祭です。

あの渦の中に参加したくなる「ねぶた」は本当に最高のお祭りです!

全ての人に感動を与えるねぶた祭。

ねぶたの姿を見ると鼓動が高鳴ります。

ねぶたは日本の祭りの中で一番楽しくてかっこいい。

太鼓のお囃子と「ラッセラー」のかけ声が聞こえてくると自然に足が宙に浮いてしまいす。

暗闇の中に浮かび上がるねぶたは幻想的で誰もが眼を奪われます。

子供でも、大人でも、男性でも、女性でも、誰でもがいろんな形で楽しめる青森ねぶた祭。

一気に街が燃え上がる6日間。

毎年子供を連れてねぶた祭りにいくのが楽しみです。

15年前は高校生は、跳ねてはいけないことになっていました。
それでも内緒でゆかた着て跳ねに行きました。
行くと化粧して跳ねてる同じ学校の子にけっこうあいました。
青森出身じゃない子供達も一度連れていったらねぶたのとりこです。
青森の子達のまねして鈴拾いに勢を出していました。
浴衣に着けてる鈴の音なんともいえないいい音ですね。


あなたも「ねぶたモツケ」になりませんか?




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