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青森県板金工業組合

不撓不屈 山中鹿之介

作: 北村 明




 年の頃は二十歳、山の端にかかる三日月を仰いでは、「我に七難八苦(しちなんはっく)を与え給え」と祈っている若者がいた。
 今や衰亡の瀬戸際にある主家(しゅか)の勢いを再び昔に返すべく、武人(ぶじん)の誉(ほま)れを表したいと願い続けているのだった。
 この武将の名を山中鹿之介幸盛(やまなかしかのすけゆきもり)という。
 中国地方の名門、尼子家(あまごけ)は主君晴久の久逝(きゅうせい)を境に天運傾き、毛利元就(もうりもとなり)によって滅ぼされた。生き残った尼子家 近習衆(きんじゅうしゅう)は主家を再興し、故国出雲(いずも)を取り戻すために家中随一の武者、山中鹿之介を中心に集結する。
 不撓不屈(ふとうふくつ)の精神で強大な毛利に幾度も戦いを挑み敗北を重ねてきた再興軍。播磨(はりま)の上月城(こうづきじょう)を占領し、城壁に尼 子家の旗を立てたのも束の間、またしても毛利勢に囲まれてしまう。援軍に撤退され力尽きた再興軍、当主勝久は切腹、鹿之介は捕らわれの身となり、護送の途 中、刺客に襲われ三十四歳の命を閉じたのである。
 正に七難八苦の生涯であった。
 ねぶたは毛利勢に立ち向かう鹿之介の勇壮な姿である。


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